バーサンスレン・ボロルマーさん
経歴
4歳から絵を描き始める。9歳の時に在モンゴル日本大使館主催「子供の絵コンクール」で優勝。モンゴル文化芸術大学美術部卒業。2008年に文教大学に留学生として来日、日本を拠点に絵本作家、イラストレーターとして活躍。2004年、第14回野間国際絵本コンクールで「ぼくのうちはゲル」がグランプリを受賞、2013年ボローニャ国際絵本原画展入選など、受賞多数。作品に『モンゴルの黒い髪』(石風社)、『バートルのこころのはな』(小学館)、『トヤのひっこし』『モンゴル大草原800年』『らくだのおやこ(かがくのともシリーズ)』(福音館)などがある。
質問
Q:9歳の時に絵のコンクールで優勝したことをきっかけに日本を訪れるなど、日本とは縁があったボロルマーさんですが、現在日本を拠点に活動している理由を詳しくお聞かせください。
9歳の時に優勝した「子供の絵のコンクール」では行ったこともない日本をイメージして、数枚の絵を描きました。1枚の絵は細身の着物を着た女性たち、2枚目はモンゴルのテレビでよく見たことから富士山の絵、3枚目はお寺、4枚目は黒色の成牛を描きました。4枚目の成牛の絵に関しては、日本には牛がたくさんいると思って描いたのですが、実際日本に来てみるとあまりいなかった記憶があります。おそらく、子供の時にモンゴルのテレビで和牛を見て日本には牛がたくさんいると考えて描いたのだと思います。日本に来たのは1991年で、当時モンゴルは民主化したばかりであったので、モンゴルが全体的に貧しく国全体が大変な時代でした。9歳で初めて日本に来て、日本の発展している様子や日本人の優しさがとても印象に残っていまして、その時から「いつか絶対日本に留学したい」と思うようになりました。私は国内外問わず子供向けの絵のコンクールに応募していたのですが、その中でも「子供の絵のコンクール」は私に夢を与えてくれて、決意もさせてくれたのです。なので、その時からほかの国に留学したい、働きたいという想いは全然ありませんでした。
Q:幼少期から絵を描かれているボロルマーさんですが、絵を描く職業がいくつかある中で「絵本作家」になった理由を教えてください。
元々母が芸術家になりたかったらしくて、私が芸術に親しめるように4歳の時から絵の教室に通ってコンクールに絵を出したりしていました。当時は社会主義でしたで、両親は二人とも朝から夜まで働くのが当たり前でした。母は絵の教室に送迎するために、仕事を早退して私を通わせてくれました。その後、14,15歳のときにはモンゴルの児童文学の挿絵を描いていました。その時に文章を想像しながら絵を描くのが面白いと思うようになり、本というものが段々好きになっていました。大学時代には絵画を専攻し、夫のガンバ(ガンバートル)と同級生になり、2人で挿絵がある本を調べてみたら、「絵本」というものがあることを知りました。日本は絵本も有名であったので、当時から絵本を研究しまして、日本人の友人が絵本のコンクールがあることを教えてくれたりして、2人で話し合いながら、日本の絵本のコンクールに応募をしていたので、段々日本に興味を持つようになりました。私は絵本以外にも、一つの作品として絵を描くこともあります。その時に思ったことは、絵は自分の心からあふれたものを書いて自分の心を表現するものであり、誰かに向けて書かくものではないということです。絵本は読者に向けて書くものであり、読者は子供でありますので、自分の感覚だけに頼って、自分だけで絵本を作ってはいけないと思っています。現在モンゴルでは遊牧民の生活が段々なくなりつつあります。元々、モンゴルの話は口承で伝わってきました。なので、昔話は口伝えを本に写し取っているものしかありません。遊牧民の文化の面白さや遊牧民の昔話を題材にした絵本は日本にはまだないですので、絵本として日本の子供たちに伝えるのが大切であると思っています。なので、絵本作家として日々頑張っています。
Q:たくさんの絵本、イラストを描かれているボロルマーさんですが、今までで一番大変であった仕事を教えてください。
『モンゴル大草原800年』の制作です。この本は出版までに6年かかりました。きっかけは福音館の編集者の丹さんという方から「モンゴルの歴史に関する絵本を作りませんか」という話を頂きました。その時は歴史に関する知識もありませんでしたし、人生の経験も必要であると考えていたのですが、丹さんが「歴史の本と重く考えないでください。自分の祖先のことをイメージして描けばいいのです。」と言って描くことを決めました。実際に書いてみると、少し書いて行き詰っての繰り返しでした。歴史のことを書きすぎてしまうと歴史の教科書になってしまうので大変でした。気が付けば、モンゴルに帰るたびに少しずつ集めた資料は段ボール2箱分になりました。さらに、制作していく中で10キロも増量してしまいました。原画を描くのに想像よりも時間がかかってしまい、1日に2,3時間しか寝れず、寝る代わりにエネルギーをとるために夜中の3時にご飯を食べていたからです。
Q:絵本やイラストを描くうえでボロルマーさんが大切にしていることを教えてください。
役者が性格や年齢を考えて役作りするのと同じように、絵本に出てくる人物や動物についてそのように考えて描くことです。このように描くと人物や動物が生きているものになります。例えば、いたずらな男の子のであれば歩く時もジャンプして歩くように絵描きます。反対に、絵を何にも考えずに描いてしまうと命を吹き込むことが難しくなり、空っぽになってしまいます。
Q:何冊も絵本を書かれているボロルマーさんですが、絵本やイラストのアイディアはどのようにして得ていますか。
作品によって様々です。例えば『センジのあたらしいいえ』(福音館)という絵本ではガンバが自分の別荘の壁を見てそこからうまれました。後は子供のころに体験や経験したことや印象に残った昔ばなしが多いです。自分が子供の時に経験したことや印象に残ったことを作品にすると、生き生きとしていていい作品になると考えています。幼少期は、父方の祖父母が草原に住んでいて夏休みの時期は家畜と一緒に過ごしていました。ウランバートルに住んでいたのですが、家畜と一緒に過ごしていたので子供のころから絵のテーマは遊牧生活に関することが多かったです。今書き始めている絵本では、子供のころに鶏を飼っていたのですが、鶏はいつも違うところで卵を産むので、妹と私で探していたことから絵本の着想を得て描いています。
Q:『モンゴル大草原800年』に関してですが、800年ものモンゴルの歴史を40ページの絵本にまとめるのは大変なことであったと思います。ボロルマーさんの壮大な絵本を書き上げることが出来た「原動力」を教えてください。
「モンゴルの歴史」を知ってほしいという想いがあったので、モンゴルで起きた歴史を淡々と描くことを意識していました。モンゴルの歴史というとモンゴルを誇る本を書き、外国人が書いたらモンゴルの悪い面を描くことがあります。ですが、この本では歴史の中でいいところも悪いところも、そのままのことを少しでも簡単に理解してもらうことを表現しました。モンゴルの歴史の本は専門家しか読む必要はありません。ですので、モンゴルの歴史を簡単に知る導入の絵本として作りたかったのです。この本を読んでモンゴルの歴史や文化に興味を持ったら、より詳しい本を読んでもらってもっとモンゴルの事を知ってもらいたいと思います。また、この本は私以外にも、ガンバは文章を担当して年代を分けることもしていたのでとても大変であったと思います。後は津田紀子さんや編集者の方や、鯉渕さんにもモンゴルの歴史に関してアドバイスを頂いて、誰が見てもモンゴルの歴史をわかりやすくするために、迷ったりもしながらすごく話し合いを重ねて描き上げました。
Q:『モンゴル大草原800年』で一番印象に残っている場面と印象に残っている理由を教えてください。
本の中に出てくる人物や行動をガンバ達とよく話し合って一つ一つ書き上げたのですべてのページが大切です。中でも印象に残っているのは、p26~27の社会主義時代の場面です。自分自身も小さいころ経験しており、両親やおばあちゃんからも社会主義時代の話はよく聞いたので印象に残っていまして、楽しみながら描きました。この場面はよくよく見てみると当時のモンゴルの実情が分かるいくつかのシーンがあります。例えば、ページの左上には、当時は禁止されていたヨーロッパの音楽を闇市場で売ったり買ったりしている人々を警察が取り締まっている描写があったりします。他にも、ページの右部分には鯉渕先生のことも描いてます。このページでは社会主義時代の色々な面白いことを描写していますので、よく目を凝らしてみていただきたいです。
Q:ボロルマーさんにとって絵本とはどのような存在ですか。
私にとっては「絵本を作ること」は仕事であり、生活であり、楽しむことであり、私にとってのすべての事です。毎日私とガンバは絵本に関係する何かを作っています。プライベートでも、寝るとき以外は常に絵本の話をしています。
Q:ボロルマーさんの将来の展望を教えてください。
モンゴルで日本の絵本を紹介する仕事をしたいと考えています。最近、モンゴルでは親が絵本の重要性をわかるようになってきています。モンゴル国内では翻訳された外国の絵本を本屋で見かけるようになりました。絵本は原作がヨーロッパの芸術性の高いものが多いです。ですが、私はヨーロッパの絵本よりも日本の絵本のほうがモンゴルの子供たちに合っていると思います。ヨーロッパの芸術性の高い絵本は、芸術の教育をあまり受ける機会がないモンゴルの子供たちが理解するのに少し難しいと考えるからです。ですので、読んでわかりやすい日本の絵本を広めたいと考えています。
Q:モンゴルに行ったことない日本人におすすめのモンゴルの場所を教えてください。
父の故郷のホフト県をお勧めします。ホフト県では小さな丸いスイカが良く採れます。モンゴルの風景画家たちにはすごく景色が良いことで有名です。高い山もあるし、草原もあるし、秋は美味しいスイカもできるのでお勧めです。今年のナーダムの優勝者はホフト県からでました。来た際は風景を楽しんで、時間を忘れてゆっくり過ごしてください。8月9月だとスイカも食べれるのでよりホフト県を楽しめると思います。
最後に
ボロルマーさんのイラストはインタビューをする前からテンゲル村などモンゴルに関連した施設やイベントで目にする機会がありました。そのときに、とても温かみのある絵が素敵だと感じ、ボロルマーさんの人柄にも関心を持ちインタビューの機会を設けていただきました。実際にお話を伺うと、誠実な人柄や「絵本をつくること」に関する溢れんばかりの想いに胸を打たれました。日本という異国の地でモンゴルではメジャーでない「絵本」をキャリアに選ばれたボロルマーさんの精神的なタフさやモンゴル国内での「絵本」に関する問題意識がひしひしと伝わり、今回のインタビューを通して少しでも多くの方にボロルマーさんのことやモンゴルでの「絵本」の現状を知っていただけたら、インタビューをした意義があったと思います。そして、この記事を読んだ方には是非、ボロルマーさんの著作を手に取っていただきたいです。特に、『モンゴル大草原800年』は1冊の絵本でモンゴルの歴史が簡潔にわかるのでモンゴルの歴史に興味がある方にもお勧めできる一冊です。