モンゴルへの大きな愛

高見裕一さん

略歴

1956 年 神戸市に生まれる

1977 年 追手門学院大学在学中に神戸にて「関西リサイクル運動市民の会」を設立、代表就任

環境市民運動を広げ、日本エコロジーネットワーク代表となる

1977 年  月刊「リサイクルニュース」 創刊「売ります 買います あげます 情報」 全国化

1978 年  日本で初めて「ガレージセール」と銘打った不用品再活用イベントを開催

1980 年 日本で初めて「フリーマーケット」を新宿都庁舎建設予定地で開催

1984 年 日本リサイクル運動市民の会 設立 代表就任

1987 年 有機野菜と無添加食品の宅配事業「らでぃっしゅぼーや」を11月に設立

月刊誌「くらしの木」創刊  編集長・発行人

1993 年 第40 回衆議院議員選挙に旧兵庫1 区より立候補、当選(日本新党)

1994 年 阪神淡路大震災発生、遭遇。救命活動を行うと共に

1998 年 財団法人日本環境財団 設立 理事長就任

ソーシャルデザイン研究所・グリーン・マーケティング協会 設立

モンゴル国立教育大学 客員教授着任

2002 年 モンゴル日本環境基金 設立 代表就任

財団法人日本環境財団 創設理事就任(2004 年退任)

モンゴル国 政府顧問・環境大臣特別顧問 就任(2008年退任)

2003 年  モンゴル国立人文大学理事長就任(2008 年退任)

社会福祉法人福田会 理事長就任(2009 年退任)

2005 年 「モンゴル国環境功労賞」を受賞

2009 年  モンゴル国での植林活動が170 万本を突破し、環境大臣表彰

2010 年  日本国政府国土交通省参与(10月退任)

モンゴル国大統領よりナイラムダル勲章叙勲

2011年 公益社団法人日本ユネスコ協会連盟 理事就任

2013年 公益社団法人日本ユネスコ協会連盟 副会長就任(10月退任)

2015年 アース・キッズ株式会社代表取締役就任

2016年 モンゴル ノマドインベストメント創業に参画

発達障害療育研究所代表就任

2017年  「AND GLOBAL」に創業メンバー・ファウンダーとして参画、特別顧問就任

取材意図・目的

高見さんとモンゴルの関わりや高見さんが感じているモンゴルの現状課題、そして現在、代表を務める発達障害の子供たちへの療育事業であるアース・キッズ株式会社についての質問を中心にインタビューをさせていただきました。中学卒業後から環境問題に対し危機意識を持ち、一貫した環境に対する思いから多岐にわたる活動をしている高見さんの強い思いがこのインタビュー記事を通して伝わればと思います。

Q1.モンゴルと高見さんの出会いについて教えてください。

A. モンゴルに初めて行ったのは1998年です。私が理事長を務めていた日本環境財団の  主催で環境問題のシンポジウムが開催されました。その時に環境財団の研究者たちと共に訪れたのが始まりでした。正直言うと、最初は「モンゴルかぁ、なんか面倒くさそうだな」と気乗りしませんでした。しかし、飛行機が空港の上空を回っているときに窓からの景色を見て、「なにかここは今まで自分が行ってきた海外とは違うぞ」という感じがしました。私は、これまで五大陸約80ヵ国訪れたことがあり、世界のいろいろな国を旅しましたが、モンゴルに対しては一言で言うとDNAが刺激されました。シンポジウムの後、大草原を馬に乗り走っているとき、たまらない快感でした。以降、モンゴル通いが始まりました。

Q2.モンゴルに古くから投資をなさっていますが、始めたきっかけを教えてください。

A.自身の専門分野が環境問題であるため、1999年から国立教育大学において講師を務めていました。その際モンゴルの若者たちは、日本の学生とは比にならないほどのハングリー精神で勉学に努め、書けなくなるほど短い鉛筆で真っ黒になるまでノート取り続ける姿に感動をしました。そこで教える喜びというものを感じました。モンゴルの若者の可能性やハングリー精神を受け止めると同時に応援したいと思いました。私は、モンゴルで教育を始めとした多くの活動をする中で、何をすればモンゴルの発展に一番役に立つのかと考えた際に、モンゴルが経済的に自立する手助けができればと思いました。そこから、モンゴルの若者に投資をすることを考えました。

Q3. モンゴルに投資をする上での課題を教えてください。

A. モンゴルでは1990年まで社会主義国でした。そのため、社会全体として資本主義に慣れていないのです。「投資・融資・寄付」を混同してしまう人が多くいます。事業に対して投資を受けることに慣れていないため、自分たちの事業に対するビジョンが見えないまま「僕はいいことをしているから応援してくださいよ」という気持ちを持っている人も多いです。異常に金利の高いモンゴルの銀行よりも金利の安いお金持ちの日本人にお金を借りたいという動機で話をしてくることも多いです。このような現状は大きな問題です。

投資だけに限らずモンゴルの社会の悪弊として汚職と賄賂が問題です。どんなことをしても汚職と賄賂が付きまとう現状を打破しないとまともな投資はできないと思っています。これには、モンゴルの教育の質を向上させ民度を上げるしか解決方法はないと思います。

それと、モンゴル人は、メンツと建前を大事にする割に、ノマド気質で、約束を守らない(社会環境によって守れない、という意味も含めて)事も多いということは、日本人として多少意識した方がいいかもしれません。
モンゴルに限りませんが、海外に投資をする際には、「本当に信頼できる友人」に助けてもらうのが一番手っ取り早いと思います。私の場合、20年来の友人のナランバヤルという男が存在していて、常に、彼のフィルターを通して投資先を決めています。テーマは、環境・貧困・教育・フィンテック・エドテック・通信など、さまざまではありますが、基本的には、モンゴル社会が一歩でもよりよく前進できるテーマであり、社会課題解決型のスタートアップ企業を選択しているつもりです。

日本に留学している学生たちを集めて、社会課題をビジネスで解決する、というお題でビジネスコンテストなども来年3月に実施する計画を進めています。常に現在進行形です。

Q4.モンゴル国立人文大学の理事長になられた経緯を教えてください。

A. セレンゲというところで植林活動をしていました。だいたい170万本ほど植林をしました。その中で様々な人と出会い、私の生涯の友人と呼べる人たちとも知り合いました。また、彼らを通して多くの政治家や事業家にも出会い。そこから、国立人文大学の外国人初の理事長をしてくれないかと依頼されました。依頼された背景として、当時国立人文大学の土地を狙う財閥がいました。それに対抗するには、モンゴルの社会に組み込まれた人であると利益誘導により逆らえないため、逆らうことのできる外国人の理事長でなければ国立人文大学を守れないということで私に依頼が来ました。

Q5. 現在行われている発達障害を抱える子供たちの療育事業「アース・キッズ」について詳しくお聞かせください。

A. 発達障害を抱える子供が増えています。発達障害とはADHD・LD・Autismです。2014年の文部科学省の調査では、発達に著しい障害を抱える子供が5%。最新統計では7.7%と言われています。現在では発達障害というワードの認知度が上がったこともあり、今までは「なんか変な子」で済まされていた子供が発達障害ではないかと疑われるようになったことも最新統計の数値に影響を与えている原因の一つであると思います。

発達障害の原因は簡単に言うと母胎内にて行われる脳形成の段階でなんらかの障害が発生することです。原因は様々言われています。妊婦の高齢化や低体重化、そして一番大きな問題は今までなかった化学物質ではないかと言われています。その中でも、ネオニコチノイド農薬が体内に取り込まれて子供の脳に影響を与えるのではないかと言われています。日本は世界で一番農薬の規制が緩いのです。ヨーロッパやアメリカなどの先進国とは比べようもないくらい、下手したら、韓国や中国よりも規制が劣っています。このように、僕がライフワークとしている環境問題と発達障害の問題は根っこが同じであると感じたことから、一つのアプローチ方法として取り組もうと思ったのです。さらに、自身の子供が発達障害であることもこの問題に取り組もうと思った大きな要因です。

療育事業に関しては、多くはアンパンマンを見せて時間が過ぎるのを待っているアンパンマン事業所と言われている中で、私たちは、発達障害の子供たちが成長していけるカリキュラムを確立させてカリキュラムに則ってマンツーマンで療育していくということを行っています。これにより、保護者の方からの信頼も厚いです。子供の成長が目に見てわかるものですから、保護者の方の中で納得感があるということだと思います。

Q6. 今後、モンゴルを始めとする海外に発達障害の事業を拡大させたいという思いはありますか。

A. そのような思いはすごくあります。ただ、何冊もあるマニュアルをその国の言語に翻訳することが大変です。さらに、人材の確保が大きな課題です。人材を受け入れて育てる必要があります。日本の保育士免許等は大変専門的であり外国人にとって日本語の国家資格に合格することは難しいです。それに、モンゴルなどでは国家からの支援が難しいですね。

このような課題を踏まえてもやはり海外には進出したいと思っています。特にモンゴルにおいては、社会として発達障害だけではなく障がい者に対するケアが大変遅れていると感じています。モンゴルの子供たちのために前向きに取り組んでいきたいです。発達障害についていい本がたくさんあるので、その中で最もわかりやすいものをモンゴル語に翻訳したいなと思っています。友人に多くの翻訳者がいるため、彼らに挑戦してもらいたいです。モンゴルでは、発達障害の認知度がとても低いのです。社会の基礎知識として発達障害という問題があり、一定数の割合で生まれるものであること。そして、そのような子供たちのケアをすることは国家としての社会福祉の課題としてとても重要であり、ケアすると改善すること。これらの重要さの認知が大事であると考えています。

Q7.今まで、数々の挑戦をされてきたと思います。高見さんが新しいことをするにあたって意識していることを教えてください。

A. 意識していることは、社会課題に対してアンテナを高く持って、具体的に行動することです。私の場合は環境という社会課題です。環境問題という人類の課題があります。気候変動(危機)など最近はよく言われるようになりましたね。本当に危ない状況ですが、気候危機に対して未だに代案を提示できていない日本は環境後進国と言えるでしょう。過去30年間日本の社会が成長できていないのは、目先の利益に囚われて時代状況や地球環境に合わせたパラダイムシフトができないためだと思います。そういう意味で、私が新しいことを始める際に気を付けていることは、「わかりやすくて具体的で誰でも参加でき共感できるシステムと場をつくる」ということです。モンゴルは草原ステップ気候の内陸国です。永久凍土が、モンゴルの環境維持に果たしている役割もとても大きい。温暖化による気候危機が、モンゴルにもたらす影響は凄まじいものになるのではないかと危惧しています。

モンゴルの豊かな環境を守るため、少しでもお役に立てればと思っています。

Q8.最後に、おすすめの観光地を教えてください

日本人にとって、モンゴルの印象は大きく二つに分かれる気がするのです。

一つは南ゴビのような広い広い赤茶色の大地、もう一つは緑あふれる果てしなき大平原。いずれもおすすめではありますが、私は特に南ゴビ(ウムヌゴビ)をおすすめします。ポイントは三つあります。

氷河が溶けてできた渓谷ヨリーン・アム。「ヨル」とははげ鷲、「アム」は口です。モンゴルではよく大きな山の谷を、「山の口」と表現します。この渓谷では歩いていると、大きなはげ鷲によく出会います。岩の頂上をよく見ながら歩いてみましょう。

そして、180Km続くホンゴル砂丘。「ホンゴル」というのは馬の色で、遊牧民がつける名前です。砂丘の砂の色のような薄い茶色の馬をホンゴルと言います。

三つめはバヤンザグ。「バヤン」は豊かなという意味、「ザグ」はゴビ砂漠にあるサクソール木のことです。ここは夕方の時間帯に合わせて行くのがいいでしょう。バヤンザグのことを欧米人は「炎の谷」とも呼びます。恐竜の骨が今でも見つかるときがあります。ちなみに、僕たちは7000万年前の恐竜の骨を見つけました。

ゴビはとても日差しが強いため、日本人が快適に過ごすことが出来るのは、8月中旬から9月の中旬なので、その時期夕方を中心とした時間帯に訪れることをおすすめします。

次に観光ポイントを4つ紹介します。一つ目は星空です。日本では見ることのできない圧倒的な星空がとてもきれいです。二つ目はゲルです。遊牧民のゲルには私たちとは違う世界観のひとたちが住んでいます。そしてゲルから覗く草原が壮大です。三つ目はモンゴル料理です。モンゴルの主食の一つとして羊が挙げられます。焼くという文化がないため蒸す・煮るといった日本のジンギスカンとは違う調理法での羊を味わうことができます。そして四つ目は、オボーです。旅の安全を祈り、石を3つ積み上げてその周りを3周回ります。全国津々浦々にあり、日本のお地蔵さんのようなものです。

取材をした感想

今回のインタビューでは、これまで「環境」という一貫したテーマのもと様々な挑戦や活動をされてきた高見さんに「モンゴルについて」と現在行われている「発達障害の子供たちに対する療育事業について」伺いました。

モンゴルに関して印象的だったのは、モンゴル社会の悪弊についてです。どんな問題にも汚職と賄賂が付きまとっているという現状があるそうです。高見さんは、この現状を打破するには、教育の質を上げ民度を向上させる必要があると仰っていました。教育の質を改善するにはどうしたらいいのか。私自身も考えさせられました。

高見さんは、現在行っている発達障害の子供たちの療育事業を日本だけではなく世界にも広げていきたいと仰っていました。それに付随して言語や資格といった多くの課題もあります。これらを、乗り超えていくには険しい道のりになると思います。しかし、様々な挑戦をしてきた高見さんなら実現してしまうのではないかとインタビューをしていて思いました。

高見さんは環境に対する強い思いとモンゴルに対する愛情がとても大きな素敵な人です。インタビューを通して、皆さんが私のように環境問題に対して少しでも考えるきっかけになればいいなと思います。

インタビュワー:田島由唯