金融のプロに聞く!モンゴルの金融の現状と展望

取材相手

モンゴル貿易開発銀行東京駐在員事務所 所長 内田 肇

略歴

1966年:香港生まれ
1970年〜1979年:小学校・中学校の9年間をブラジル・サンバウロで過ごす
1986年:中央大学法学部入学
1990年:中央大学法学部卒
同年:さくら銀行(現三井住友銀行)入行
2001年〜2012年:ブラジルのサンパウロのブラジル三井住友銀行にて勤務
2014〜2016年:モンゴルのウランバートル出張所の初代所長として勤務
2015年:中央大学ビジネススクールMBA(経営学修士)修了
研究論文 「モンゴル国の企業ファイナンスの発展手法を考える~金融インフラ整備による新たな開発金融の姿」
2017年〜現在:モンゴル貿易開発銀行へ転職、東京駐在員事務所所長に就任

取材意図・目的

今回の取材の目的は、モンゴルの金融事情全般についての情報収集。その上で課題であるモンゴルの「観光」を多面的な観点から捕捉するもの。その情報源として、モンゴル地場行としては唯一、日本に駐在員事務所を開設している「モンゴル貿易開発銀行(TDB)東京事務所」の所長である内田氏へモンゴルの金融業界の動向及び今後の展開について聴取したもの。

取材内容

Q:モンゴルとの出会いのきっかけは?

A:当時勤務していた三井住友銀行(以下、“SMBC”)が邦銀としては初めてモンゴルへ駐在員事務所を開設することとなり、その初代所長を拝命、赴任したことがきっかけです。元々、南米育ちでスペイン語研修生にも派遣されてポルトガル語やスペイン語などラテン系の言葉は知っていましたが、モンゴルについてはまったく不明でした。一方で、中央大学在学中に第二外国語でロシア語をやっていたので、キリル文字が読めたのはモンゴル語を勉強する日本人として大きなアドバンテージだったと思います。

当時(2012年~13年)はモンゴルは好調な資源価格を追い風にGDPも二桁成長をしておりました。SMBCも鉱山開発や社会インフラ案件を捕捉すべく現地に事務所を開くことを決めました。ブラジル育ちのブラジル勤務あがりの僕は誰がどこからみても南米要員だったのですが(奥さんもブラジル人です)、まさかモンゴルへ初代所長として赴任することになるとは思いませんでした。ご存知かと思いますが、モンゴルは厳冬期にはマイナス30度にもなる厳しい寒さの国です。気候温暖で温かい気温30度のブラジルから、マイナス30度のモンゴルへの転勤はちょっとないですよね(笑)。その頃はよく冗談で、「緑の銀行にお勤めですか?」と尋ねられたら「いえいえ、黒い銀行です」と答えておりました。気温差60度もある国へ異動させるようなメガバンクは立派なブラック企業ですよね(笑)

然し乍ら、赴任してから徐々に分かってきたのは、ブラジルを始めとして南米各国を担当していた時の経験が大いに役立ったことです。モンゴルは法制度も未整備ですし、人々の遵法精神も脆弱です。また他の途上国同様、高金利通貨国でもあります。お金は基本的に貸しても返してくれない人たちが多いので、どのようにして支払牽制力を発揮するのか法律に頼らず自分自身で知恵を絞る必要があるのですが、これは同じ途上国であるブラジルと同様です。日本の中で、あるいは先進国だけで仕事をしてきた温室栽培や無菌培養の銀行員には信じられないでしょうし、耐えられないことと思います。

一方で、週末には日本では出会えないような広大な大草原を訪れ、雲一つない蒼天を仰ぎ、昔、読んだ司馬遼太郎の「街道を往く」や井上靖の「蒼き狼」の世界に浸ることも出来ました。その中で、モンゴルの新しい観光資源の開発を目的に、モンゴルで熱気球を飛ばそうというプロジェクトを立てて、モンゴル人の若者を集め、「モンゴル気球連盟」というNGOを創設し、コロナ前には毎年、自前の熱気球でモンゴルの草原の頭上を僕たちの熱気球で雲一つない蒼天を飛んでいました。実は僕は日本気球連盟のパイロットなのですが、そういう趣味もモンゴルでは大いに役立ちました。ちなみに熱気球に最初に関わったのは中央大学在学中の探検部の活動です。

Q:モンゴルの金融の現状は?

A:モンゴルの金融システムにおいて、証券会社・生命保険会社・損害保険会社の割合は日本のそれとは比較にならないほど小さく、商業銀行が大きな役割を果たしています。

本日現在、14の民間商業銀行(一部官営)と1つの国立政策金融銀行がありますが、商業銀行が金融セクターの約80%を占めています。日本で言うと1960年代の大蔵省護送船団方式時代の銀行、あるいは山崎豊子の「華麗なる一族」という小説に出て来る銀行が強かった時代と同じです。

その中で、モンゴルの商業銀行大手3行であるTDB(内田氏が勤務する銀行の略称)と旧農業銀行が民営化・払下げされた経緯のハーン銀行、モンゴルが民主化・市場経済化したときに純民間銀行として設立されたゴルムト銀行(ゴルムトとはモンゴル語でストーブの意味です)の3行は大手3行と呼ばれ、銀行セクター70%近くを占めています。これに、官営のステート銀行(過去に潰れた銀行の資産を買い取ったりする官営銀行)、それにマイクロファイナンスが祖業のハス銀行を加えて上位5行と呼び、実に90%の市場シェアを占めています。いわば、残りの9行は地場の富裕層が自分で開設したポケットバンクの位置付けにあります。一部にはロシアマフィアのグレーなお金も入っていると言われている銀行もあります。

なお、当行を始めとして、財務内容についていえば、国際決済銀行が求める自己資本比率などの健全性・安全性については、その必要な基準を上回り、ゼロ金利あるいはマイナス金利といった環境下で喘いでいる日本の地方銀行・地方金融機関よりも健全性があると考えています。もっとも、モンゴル国の外部格付けが「B」格(シングルB)であるため、カントリーシーリングの為、上限は「B」格となり、世界の国際金融筋から見れば投資不適格であることは事実です。然し乍ら、豊富な鉱物資源開発が進み、賢明な留学帰国組の若手人材がモンゴル経済の中核を占めるであろう今から10年先、20年先には、正しい国のかじ取りも、立派な企業経営者も多数輩出されることでしょう。社会主義から民主主義、計画経済から市場経済へ、と仕組みが変わればすぐに経済成長するとは思いません。立派な経営者のいない健全な資本主義はあり得ないと考えています。これからのモンゴル人の若手に期待しておりますし、僕は将来のモンゴル経済を支える優秀なモンゴル人バンカーを育てることが自身の役目のひとつとも考えています。そのために日本の銀行からモンゴルの銀行へ転職したといっても過言ではありません。

Q:モンゴルの金融業の課題は?

主に二つあると考えます。

一つ目は、鉱物資源に依存しすぎる経済構造とそれに伴う融資ポートフォリオです。これは金融業に限らず経済全体に言えることで、外貨を獲得する手段のひとつとしての輸出の8割が、石炭・銅粗銅・ゴールドといった鉱物資源です。その為、国際市況において資源価格が下がるとモンゴル経済は打撃を受けてしまいます。当行を含めてモンゴルの銀行の企業融資は、鉱業部門への融資ポートフォリオに傾倒している傾向があって、同様に国際市況に煽られて融資ポートフォリオの内容が劣化することも十分にあります。これについては、モンゴル政府自身も多様性のある経済構造への転換を図ろうと旗を振って推進しておりますが、鉱物資源以外の輸出産品としてはカシミア衣料、フェルトスリッパ、岩塩バスソルト、はちみつ、バターなど乳製品など少額のものが多く、経済構造を改善するには至っておりません。羊やヤギといった家畜の食肉にも期待しているのですが、本日現在、口蹄疫の汚染国とされていて、トレーサビリティの観点からまだ日本へ生肉の輸入が出来ておりません。まあ、ある意味、オーガニックであるのは確かなのですが(笑)。

当行も2016年発効の日本モンゴル経済連携協定(EPA)を追い風に、対日輸出促進アイテムの発掘に注力しておりますが、日本の消費者の厳しい目線に耐えられる品質管理が出来ていない、少量多品種であり、個別輸送をすると物流費が高くなってしまい、日本市場の中で中国製品などと競合した際に価格面で劣後する、など課題は山積みです。融資ポートフォリオのリスク分散を図る事は銀行の健全性にも繋がります。ここは当行だけではなく金融セクター全体で起業を支援する体制を推進していく必要があると思っています。

最近の新しい動きとしては、モンゴル→日本への越境ECが徐々に勃興していることです。モンゴルの豊富な皮革原料を活用して、モンゴルでカバンやポーチなどの革製品を製作して日本でネットで販売している日本の若者もいます。アマゾンジャパンからスピンアウトした僕の同じ中央大学ビジネススクールのMBAの同級生にも尽力頂戴し、革靴の中に敷くモンゴル製インソールを日本のアマゾンや楽天などのECプラットフォームを活用して輸入販売する構想も近々実現すると思います。内陸国で物販・物流費が高くなる傾向にありますが、こうした「ITと金融の融合」にも期待したいと思っています。

二つ目は、新型コロナ禍の影響もあってモンゴルの市中金利が低下してきていることです。これは資本の蓄積が積みあがっていることもありますが、新型コロナ禍の影響による国内経済の不振によるところ、政府主導の特例の影響です。

つい、昨年までは現地通貨建ての1年定期は年利13%程度だったのですが、現在は8.8%まで下がってしまいました。日本に比べればそれでもまだまだ高いのですが、モンゴルのカントリーリスクを勘案すると、少し厳しい見方をするべきと思います。米ドル建て1年定期も一昨年までは年利5~6%程度で、非常に魅力的な水準だったのですが、本日現在は年利2%まで低下しています。ちなみに円建て1年定期預金の年利は2.0%です。今の日本の銀行の定期預金が0.002%であることを考えると実に1000倍ですね。

弊事務所の主たるミッションは、日本金融市場におけるモンゴル向け投融資資金のファンディング(資金調達)であるのですが、資金調達を進めるには、カントリーリスクを改善するか、高い金利(リスクプレミアム)を提示するかのどちらかなのですが、両方ないのは責任者として苦しいかじ取りを迫られています。だからこそ、かもしれませんが、インターネットを介して資金を集めるクラウドファンディングを組成したり、現行の日本の金融庁や財務省の認める範囲でSPC(特別目的会社)を日本で開設して、そこを経由して日本での資金調達を図ろうとしています。大事なことは、難しい環境にぶつかったときには、24時間7日間、考えて考えて考え抜いて、問題解決を図る事が金融マンに求められる資質だと考えています。

日本も昔は金利が高かったのでお金さえ集めれば儲かっていた時代が長く続きましたが、今はマイナス金利でご覧の通りです。モンゴルの金融セクターも、新型コロナのおかげでそんな時代が一足早くやってきたように思います。まさに「知恵」こそが付加価値を産む「知識資本主義」時代の到来です。

Q:(モンゴルの)金融業の課題を踏まえてその改善策は?

A:先ほどの質問に対する回答とも重複するのですが、まず鉱物資源に依存している外貨収入の多様化の推進、コロナ禍で打撃を受けているモンゴル国内の内需の回復を涵養することです。欧米先進諸国はワクチン接種も進んでおり、徐々に収束に向かうでしょう。市場はそれを見越して米国株式を始め過去、最高値を付けるなど信じられない展開が見られます。

もちろん、これは各国中銀がジャブジャブお金を垂れ流ししているからですが、こうした資金が、しかとモンゴルへもFDI(対外直接投資)として流入して欲しいと思います。また、投資が流れ込むような仕組みも作る必要があると思います。それは、モンゴルの金融セクター、特に上位3行が担うひとつの国のシステミックバンクのガバナンスやコンプライアンス体制、法令順守の精神の浸透が肝要です。

モンゴルの銀行の株主は地場の富裕層が立ち上げた経緯にあり、上場している銀行はひとつもありません。大株主も富裕層ファミリーが保有しており、それこそ「華麗なる一族」の時代の日本の地方銀行のようです。モンゴル中央銀行は、各々の銀行に来年度以降、早く上場するよう指導していますし、その翌年度には最大株主は20%までに制限する、という法律も徹底しようとしています。

先ほども同じことを申し上げましたが、健全な資本主義には有能な経営者が必要です。資源成金で一発あてた富裕層が政治とつるんでやりたいようにやるような社会は健全な社会とは言えません。勿論、明治時代の日本や戦後の日本も政商と呼ばれるようなフィクサーがいたのは事実ですが、今はそのような時代ではありません。ITの力、ネットの力、モンゴル人の若者の新しい力で、いち早く近代国家あるいはその次のIT主導先進国家を形作って欲しいと思っています。金融とITには親和性がある、というお話は先ほどしましたが、モンゴルの金融セクターに必要なのはそういった新しい動きだと思います。僕は法学部卒ですから、こうも申し上げますが、法律があるから素晴らしいのではなくて法律を守る人がいるから素晴らしいのだと思います。その法律を守らせる執行能力、国家権力の健全な運用が図られる必要があると思います。そこに至る道や答えはひとつではないでしょう。

そんなモンゴルの未来に期待をして頂けている数多くのモンゴルファンの日本人の投資家の方々が弊事務所を訪れ、適切な形での資金運用や、モンゴルへの投融資を実際に行っています。僕が陣頭指揮を執る東京事務所は小さな事務所ですが、日本からモンゴルへのお金の玄関口(ゲートウェイ)であって、僕はその良き水先案内人(パイロット)でありたいと願っています。

Q:内田様は常に目標に向かって突き進むことを「年中夢中」とされていますが、現在の目標は?

A:実は、学生時代に多摩校舎の近くの日野市南平に住んでいたのですが近所の定食屋が「年中無休」という看板を掲げていました。それをもじって「無我夢中、年中夢中」と冗談半分本音半分にお話をすることがあります。本当に自分の人生をかけて挑戦すべき仕事と出会えれば、土日も祝日もなく、自分の時間全てを費やしてでも夢中になってやりたい気持ちで溢れることがあります。僕は、幸いながら、中大を卒業して、日本の銀行に入って、新入行員時代から中堅・若手行員へと成長する過程で色々な壁にぶつかりながら、もうこんな銀行辞めてやる、と思ったことも幾度もありました。然し乍ら、そのような思いをした時代もありましたが、スペイン語研修生に抜擢され、海外で研修するチャンスに恵まれたり、銀行合併とともに合併相手のブラジル現法へ赴任して、誰も頼れない環境で人より成果を挙げなければいけないという厳しい環境の中で、地球環境ビジネスを立ち上げ、邦銀初の排出権取引を成約させ、世界の舞台で表彰されるような機会にも恵まれました。行った場所、赴いた場所、与えられた舞台のひとつひとつから新しい気付きを得て、「いったい僕には何ができるのだろう」「他の人には出来ない僕にしか出来ない仕事は何だろう」という自問自答を繰り返しながら、夢中になって仕事をしてきました。それはまるで、一年中、夢の中にいるようです。だから「年中夢中」なんです。誰がどうみても南米要員であった僕が何の縁もゆかりもないモンゴルへ突然、転勤となり、そこで出会ったモンゴル人の若者や、今の銀行の頭取や、素晴らしい人たちとの出会いがありました。決してバンカーとしてエリート街道ではないブラジル勤務が、モンゴルビジネス最前線を生き抜く強い力を僕に与えてくれました。もちろん、仕事に向き合っていれば、嫌なこともあります。人生に真摯に向き合っていたら、いい事ばかりではない、ということと同じです。でもその先に素晴らしい事が待っている、人生には必ず次の扉が待っている。そしてそこに飛び込む勇気を持つかどうかは本人次第です。

僕が長年、日本の銀行で勉強してきたこと、見聞きしてきたこと、考えてきたこと、それを今の場所で全て吐き出して、モンゴルの若手バンカーを育て、近い将来、モンゴルの金融セクターが世界の国際金融筋から認められる日を見るのが、僕の今の目標です。

オススメの観光地

「Mongolia Prairie Resort」というリゾートホテルがオススメです。Prairieとは英語で「草原」という意味です。実は、僕の熱気球を保管している場所はこちらなのですが、首都ウランバートルから車で西へ一時間ほどの場所に位置してます。

もちろん、宿泊はモンゴルの伝統的なゲル(遊牧民テント)です。昼には乗馬をしたり、夜には満点の星空を見ることができます。日本人向けに作られており、水洗トイレや温水シャワーも完備しており、日本語を解するモンゴル人若手シェフがモンゴル家庭料理をふるってくれます。アルコール度数40度近いモンゴルウォッカを振舞ってくれるかもしれません(笑)。また、もし僕のモンゴル渡航とタイミングが合うようなら、モンゴル気球連盟のモンゴル人若手バルーニストの面々もご紹介しつつ、東の空と地平線が白じむ夜明け前の早朝に広大な緑の草原の上を熱気球で空中散歩に出かけることも可能です。せっかくモンゴルへ行ったら、少しワイルドですが、モンゴルの大草原を堪能して頂きたいと思っています。空港との間の送迎も事前に連絡すれば問題無いと聞いています。

取材の感想・考察

清水ゼミでは「観光」という観点からモンゴルについて理解を深めてきましたが、この度のインタビューで「金融」というまたひとつ重要な観点からモンゴルへの知見を深めることができました。それは多面的な観点からモンゴルを見つめ、モンゴルの全体像を把握する意味で大変勉強になったと思います。「観光」を掘り下げる為にもそれは必要なことだと思います。

また、内田氏の「年中夢中」という目標を持ち続けている姿に大変、感心・感動しました。そのような強い信念を抱いて来たからこそ、多くの他の人に出来ない仕事を成し遂げたのだと確信しました。

今回の取材を通じて、モンゴルの「観光」だけではなく、今回のような「金融」など、その他の分野にも着目する必要があると考えました。同時に、高い評価を得る研究は、多面的な物事の捉え方が必要だと考えました。更に、個人的には、内田氏のようにバンカーとしての「冷静な判断力」と、異国という環境の中でも日本人としての矜持を胸に活躍する「情熱」の両方を持てるような人間に成長したいとも思いました。

最後に、多忙を極める銀行業務の最中にかような時間を作って頂き、これからのビジネスパーソンの在り方を情熱をこめて語って頂いた内田氏にこの場をお借りして改めて厚く御礼申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。